酸欠・硫化水素とは、なぜ危険なのか
排水槽やマンホール、ピットなどの閉じた場所では、酸素が足りなくなる「酸素欠乏」や、硫化水素の「硫化水素中毒」が起こることがあります。ビルの設備管理では、排水槽の清掃や点検、ポンプ・配管の修理などで、こうした場所に関わります。
酸素欠乏症等防止規則(酸欠則)では、次のように定義されています(第2条)。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 酸素欠乏 | 空気中の酸素の濃度が18%未満の状態 |
| 硫化水素中毒の目安 | 空気中の硫化水素の濃度が100万分の10(10ppm)を超える状態 |
この2つは、気づかないうちに意識を失うことがある危険です。酸素欠乏等の場所で救出にあたる人にも、空気呼吸器等を使わせることが定められています(酸欠則第16条)。
厚生労働省がまとめた令和7年(2025年)の労働災害は、酸素欠乏症が2件(被災者4人、うち死亡3人)、硫化水素中毒が5件(被災者10人、うち死亡7人)でした。過去20年間(2006〜2025年)の硫化水素中毒72件を業種別に見ると、製造業22件、清掃・と畜業18件、建設業15件の順で、この3業種で約8割を占めています。
同じ資料には、令和7年の事例として、次のものが載っています。
- 下水管の補修工事で、マンホール内でバルブの補修をしていた作業者が酸素欠乏症等にかかり、倒れた作業者を助けようとマンホール内に入った2人も、同様にかかって亡くなった例
- 排水設備の計測器を設置する工事の確認のために開口部に近づいたところ、開口部の上にたまっていた硫化水素を吸って、体調不良になった例
ビルで対象になる場所
酸欠則の対象は、労働安全衛生法施行令の別表第六に挙げられた「酸素欠乏危険場所」の中での作業です。ビルの設備に関係するものを、抜き出します。
| 別表第六 | 場所 | ビルでの例 | 種類 |
|---|---|---|---|
| 第9号 | し尿、腐泥、汚水など、腐敗や分解しやすいものを入れてある(入れたことのある)タンク、槽、管、暗きょ、マンホール、溝、ピット | 排水槽、汚水槽、雑排水槽 | 第二種(酸素欠乏+硫化水素) |
| 第3号 | ケーブルやガス管など、地下に敷設される物を収容する暗きょ、マンホール、ピット | 電気・通信ケーブルのピット、マンホール | 第一種(酸素欠乏) |
| 第3号の2 | 雨水、河川の流水、湧水が滞留している(したことのある)槽、暗きょ、マンホール、ピット | 雨水槽、湧水槽 | 第一種 |
| 第4号 | 相当期間密閉されていた鋼製のボイラー、タンクなどで、内壁が酸化されやすいもの | 長く閉めていたタンク類 | 第一種 |
| 第11号 | 窒素、炭酸ガス、フロンなどの不活性の気体を入れてある(入れたことのある)ボイラー、タンクなどの内部 | 不活性ガスを使う設備の槽など | 第一種 |
第二種酸素欠乏危険作業は、別表第六の第3号の3、第9号、第12号の場所での作業で、硫化水素も測定の対象になります(酸欠則第2条)。排水槽は第9号なので、第二種にあたります。
上水の受水槽・高置水槽は、別表第六には挙げられていません。ただし、別表に挙げられていない場所でも、長く閉め切った場所では酸素が少なくなっていることがあります。不安な場所は、入る前に測定してください。
事業者(会社)がしなければならないこと
酸素欠乏危険作業に労働者を従事させる事業者には、次のような義務があります(酸欠則)。
| 内容 | ポイント | 条文 |
|---|---|---|
| 作業前の測定 | その日の作業を始める前に、空気中の酸素(第二種は、酸素と硫化水素)の濃度を測る。結果は3年間保存する | 第3条 |
| 測定器具を備える | 測定に必要な器具を備えるか、すぐ使えるようにしておく | 第4条 |
| 換気 | 酸素を18%以上(第二種は、硫化水素も10ppm以下)に保つように換気する。換気に純酸素は使わない(爆発火災の防止と酸素中毒の予防のため。「純酸素」には、酸素として市販されているものがすべて含まれる。昭和57年6月14日付け基発第407号) | 第5条 |
| 換気できないとき | 同時に働く人数と同数以上の空気呼吸器等を備えて、使わせる | 第5条の2 |
| 墜落の防止 | 転落のおそれがあるときは、要求性能墜落制止用器具等を使わせる | 第6条 |
| 人員の点検 | 入るときと出るときに、人数を確認する | 第8条 |
| 立入禁止 | 関係者以外が入らないように、見やすい場所に表示するなどする | 第9条 |
| 作業主任者 | 技能講習を修了した人から、酸素欠乏危険作業主任者を選任する | 第11条 |
| 特別教育 | 作業に就く人に、特別の教育を行う | 第12条 |
| 監視人 | 作業の状況を常に見守り、異常があれば直ちに連絡する人を置く | 第13条 |
| 退避 | 酸素欠乏等のおそれが生じたら、直ちに作業を中止して退避させる | 第14条 |
| 避難用具 | 空気呼吸器、はしご、ロープなど、避難や救出に必要な用具を備える | 第15条 |
| 救出するとき | 救出する人に、空気呼吸器等を使わせる | 第16条 |
汚水などを入れてあったポンプや配管を分解する作業(改造、修理、清掃など)にも、別の決まりがあります。作業の方法と順序をあらかじめ周知すること、硫化水素中毒の防止に必要な知識を持つ人を指揮者に選ぶこと、硫化水素を確実に排出して、つながっている配管のバルブを閉めて施錠することなどです(酸欠則第25条の2)。
特別教育と作業主任者
- 特別教育:酸素欠乏危険作業に就く人が受けます(酸欠則第12条)。内容は、酸素欠乏(第二種は硫化水素も)の発生の原因、症状、空気呼吸器等の使い方、事故のときの退避と救急そ生の方法などです。会社が行うのが基本で、社内で実施することもできます
- 酸素欠乏危険作業主任者:作業の方法を決めて労働者を指揮し、作業前の酸素(第二種は、硫化水素も)の濃度の測定、測定器具や空気呼吸器等の点検、空気呼吸器等の使用状況の監視を行います(酸欠則第11条)。第一種の作業は、酸素欠乏危険作業主任者の技能講習、または酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者の技能講習を修了した人から選びます。第二種の作業は、酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者の技能講習を修了した人から選びます
現場から:私の特別教育と現場の状況
ビルメンテナンスの現場責任者として、私は酸素欠乏危険作業の特別教育を、社内で受講しています。
私の現場には、排水槽やピットなど、別表第六に挙がる場所での作業は、ほとんどありません。そのため、実際に酸素欠乏危険作業を行った経験はありません。この記事は、条文と公的な資料にもとづく一般的な解説です。
ビル管理の立場で知っておきたいこと
- 排水槽に入る作業は、有資格の業者に任せるのが基本です。排水槽の清掃は、建築物衛生法で6か月以内ごとに1回の実施が決まっています(排水設備の清掃)。委託するときは、作業主任者の選任、測定、換気、空気呼吸器等の備えを、作業計画で確認します
- 委託した作業でも、建物の管理者は無関係ではありません。酸欠則は、請負人の作業従事者についても、事業者が換気や空気呼吸器等の使用について配慮することを求めています(第5条第2項、第5条の2第3項など)。作業の日時、場所、内容を事前に確認して、立ち入りを禁止する表示に協力します
- 槽の中に入らなくても、開口部に近づく作業、マンホールを開ける作業、ポンプや配管の分解は、硫化水素に注意が必要です。腐敗したものを入れてあったポンプ・配管の分解には、第25条の2の決まりがあります
- マンホールの蓋や点検口は、関係者以外が開けないように、表示や施錠を確認します
- 浄化槽の清掃・点検でも、似た危険があります(浄化槽の清掃)
根拠となる法令
労働安全衛生法第22条(酸素欠乏空気等による健康障害の防止)・第59条第3項(特別教育)、労働安全衛生法施行令別表第六(酸素欠乏危険場所)・第6条第21号(作業主任者)・第21条第9号(作業環境測定)、酸素欠乏症等防止規則(第2条・第3条・第4条・第5条・第5条の2・第6条・第8条・第9条・第11条〜第16条・第25条の2)に定められています。換気に純酸素を使わない理由は、厚生労働省の昭和57年6月14日付け基発第407号(労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令及び酸素欠乏症防止規則等の一部を改正する省令の施行等について)に示されています。
違反した場合
労働安全衛生法第22条に違反した場合(酸欠則の措置の不備も、同法第22条にもとづく措置の違反にあたります)、作業主任者を選任しなかった場合(第14条)、特別教育を行わなかった場合(第59条第3項)は、6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象です(第119条第1号)。法人にも罰金が科されます(第122条)。
この記事は一般的な解説です。具体的な作業の進め方については、労働基準監督署や、酸素欠乏危険作業主任者に確認してください。
参考ページ
- 厚生労働省「令和7年に発生した酸素欠乏症等の労働災害発生状況について」(令和8年8月7日)(労働災害の件数・業種別・事例)


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